菊花石物語

菊花石コレクション 桜資料館の菊花石

桜資料館の菊花石

私が根尾谷を知ったのは小学校の時、社会科の教科書にのっていた根尾谷断層の写真。その時は断層の意味がわからなく、ひなびた風景に私の田舎を思い出しました。この断層から更に山奥に菊花石があったのです。そして約40年に渡り、赤倉山から採石されてきました。菊花石が露天掘の最盛期を少し過ぎた頃の昭和60年に薄墨桜公園の入り口に立派な根尾村郷土資料館がオープンしました。

根尾は地質と文化財の宝庫であり、展示資料は多岐に富んでいました。山仕事などの生活用具も多く、能郷の能資料と淡墨桜と根尾谷断層と菊花石が展示されていて、桜の咲く頃には多くの人が訪れました。

根尾村郷土資料館
郷土資料館当時の展示コーナー
桜資料館 展示コーナー

そして、平成4年には水鳥地域に濃尾震災100年を記念してモダンな三角屋根の根尾谷断層観察館が出来ました。トレンチ工法で断層面をみせているのです。もしも、菊花石も国の補助が受けられたら、トレンチを掘り赤倉山の岩盤全体を取り出して菊花石の流れ続く花の並木を残したく思ったのです。

平成13年に根尾村郷土資料館がリニューアルされて菊花石の展示場が出来ました。根尾村は菊花石を買い求めて内容の充実を計ったのです。そして、菊花石の説明文の依頼が私にきたので、根尾の地質や山の状況、母岩の種類、芯と花の関係などをまとめました。

そして平成16年、平成の大合併で根尾村が本巣市となり資料館の名前が「桜資料館」に変更されたのです。名前の変更は残念です。せめて「菊と桜の資料館」として菊花石の発信と内容を充実させてほしかったからです。菊花石は高知、群馬、東京の奥多摩などからも産出しますが、花や母岩の資質や色彩など根尾とは比較にならないのです。

また、世界中の石を探しても菊花石のような自然性、石質の暖かさ、石の美しさ色彩の多様性をもっている石は他にありません。それは、生命の岩(石灰岩)をマグマの高熱が溶かし込んで出来たので、大地の躍動と命の暖かさを感じるのです。菊花石の自然性が理解されないまま、根尾谷の 菊花石は散逸してしまいましたが、膨大な菊花石の記録や採石の記録をアーカイブしていくことが、日本の貴重な資産になっていくと思うのです。

桜資料館の開館日
3月末~5月連休終了まで、休みなく開館
7月末~8月いっぱいは、土・日・祝日開館/冬季・休館
電話/0581-38-2515

宮脇明道氏寄贈の菊花石
宮脇明道氏寄贈の菊花石

昭和60年、根尾村郷土資料館が開館した時、根尾村の元郵便局長、宮脇明道氏が根尾村郷土資料館に寄贈した菊花石です。母岩は玉樋母岩で、マグマが火山灰の中で巻き込んだ母岩です。その巻き込む層に沿って花が咲いています。この母岩の皮目の下の花を削り出したので、花弁が乱れて流れています。平成になってから、玉樋母岩は大型切断機を使い、巻き込む層を切断して花を出しています。それは切断すると多数の菊花石が取れ、巻き込む花の外の花と中の花の対比などで絵になる構図が出てくるからです。

薄樋菊花石 横51高32幅4

薄い皮目質からなる母岩を「樋花」と呼んでいます。左の写真は母岩の上側で 右から左にかけて母岩が流れた跡を上から下に押し出したような跡を残しています。右の写真は母岩の下側で 左から右にかけて段々に流れた跡を皮目に強く描いています。樋花が薄く流れたので、花も母岩に合わせて薄く扁平に出来ており、その母岩の一部が水蝕を受けて溶かされて花が出ています。花が出た状態の菊花石を「サバ菊」と呼んでおり、完全に自然状態のままで取り出された花を言います。この菊花石は、瑪瑙化した白い花弁が包まれるようにして残っています。質の高いサバ菊が天然記念物に指定される制度が出来れば、最初に指定されるサバ菊です。

正面
後面
絶妙な時の経過が造り出しています。
総花菊花石
総花菊花石

昭和60年 資料館が開館した時、根尾村が予算を組んで根尾村の石店から求めた菊花石です。直径10センチを越える大花が見事に咲きでています。自然現象で出来た菊花石は、自然現象を利して花を出すと見事に出ます。菊花石は花の中心部や花の一番多いところを通って割れるのです。そうして割れて出た菊花石は、自然の力で割れたので、この割れを神割(こうわり)と呼んでいます。人が削って出せない花の並びが出ています。

母岩の真ん中で割れています。
花弁の押し合いが美の構図をみせる。

抜けサバ菊 横54高25幅25

赤倉山から取り出されたままで花の成り立ちを見せている素晴らしい菊花石ですが、なぜか展示場の隅に置かれています。抜けサバ菊は地味であり、人気がないのです。昔、この花が白く輝き美しかったことを想いながら見てください。花の残像から、花の成り立ちが楽しく見えてきます。

母岩、皮目、神割、石の力を感じる。
花弁の縁が残り、花の仕組みを見せています。

紅白菊花石 横24高28幅14

昭和60年 資料館が開館した時、根尾村の梶原石店から求めた菊花石です。村のために紅白に咲く菊花石を納めています。菊花石の花をよく見ていますとだんだんとわかって来ます。しかし、色彩はわからないのです。この菊花石は深い緑の母岩に覆輪になった紅や咲き分けた紅白菊など、幾ら考えても理解を越えた自然の恵みが彩られています。少し磨きが荒いので30年近く経つとくすんで来ています。磨き直すと花と母岩の色彩が明るく冴えて素晴らしい菊花石になります。

初鹿谷の菊花石
初鹿谷の菊花石

この菊も資料館開館の時、梶原さんが納めた初鹿谷の菊花石です。初鹿谷は石灰岩が多いので母岩が軟らかく花弁が細く長く伸びていき、花火のような特徴ある花弁をつくります。初鹿谷には特別天然記念物の指定地に指定されている場所があります。昭和16年 岐阜 大垣出身で東京帝国大学名誉教授、文部省 史跡名勝天然記念物調査委員の脇水鉄五郎博士自らが菊花石の成因論文を表し指定されました。指定に際してどのように指定するかを決めかねていました。当時、市中にも菊花石が出回り、根尾川にも多くの菊花石が転石していたので、全ての菊花石を指定すると問題がおこることを憂い、初鹿谷の白木孝一氏の持山の一部だけを指定地にされました。

薄樋母岩 横30高30幅5

平たく流れた母岩が割れてしまった一部です。菊の花に例えると懸崖菊のように咲いた花の一部です。菊花石は岩盤の圧力で薄い母岩は割れを生じています。採石されて専門店に卸された時、割れた母岩がバラバラに引き取られていったのです。割れていたら探して継ぐという意識がないので、貴重な菊花石の花の構図を逸したのです。

この母岩の左側と上部に母岩があったなら、花の構図が見いだせて、菊花石の見所が何倍にも膨らみ、名石になるのです。右側は母岩の端の部分です。
小さな芯が強く弾けています。薄い母岩の花は花弁を薄く、良い花が多いのです。そして、花弁を彩る淡い紅の色彩に優しさを感じさせる名花です。
玉寄せ母岩 銘・皇花の宴
玉寄せ母岩 銘・皇花の宴

これは珍しい玉寄せ菊です。軟らかい皮目質の母岩の中で丸く球状に花が咲いています。玉菊が集まって出来ているのですが、これほど大きく 見事な玉寄せ菊はありません。そして、この菊は観覧菊花石です。平成11年10月23日、皇太子ご夫妻が国民文化祭開会式と地方事情視察のため来岐されました。ご宿泊された岐阜グランドホテルには、県内自慢の特産品や逸品が並ぶ中で、菊花石は一際目につく中央に展示され、皇太子ご夫妻にご観覧を頂きました。

玉樋菊花石
玉樋菊花石

平成12年のリニューアルオープンの時、根尾村が求めた玉樋母岩の菊花石です。この母岩の中央の一番上に咲いた花は親子合芯の花。この花の芯が花の成り立ちを教えています。花弁の押し合いが調和の世界を見せています。

親子合芯の花
親子合芯の花

この花は、大きな芯と小さな芯が合わさって一つの芯になっています。そして芯が割れた中に小さな欠けらが入っています。生成時の弾けた跡を状況証拠として芯が残しています。

親子合芯の模式図

高温のマグマの流れが止まり、母岩を形成すると、皮目の下や母岩の層に沿って、石灰質の粒子が集まり、核を形成します。核は同質親和の法則により集合して芯核を形成します。芯核に小さな芯核が結合したのです。

芯核の形成
芯核の断面図
芯核の圧縮
芯核の破裂

マグマがゲル状態から冷えていくと芯核を圧縮して、核は押し合い角錐の核を形成します。中の核は中に押込まれて芯を形成します。

圧力限界を越えると核は破裂します。破裂は中も押し合い、外に向かって力を放すのです。中の核が外の核と押し合って破裂するので、芯が大きく割れたようになっています。そして、中の核の名残を芯の中に残しています。

破裂した核は、それぞれの核の外側から波動を伸ばすと、波動が母岩の中で浮遊する石灰質を取り込み、花弁に沿って石灰質の組織が平行に揃ったのです。時の経過により、石灰質が置換され方解石や瑪瑙になると組織の並びが花弁を明瞭にしたのです。

母岩が軟らかいので、花弁が伸びて合背花序を造っています。花弁の伸びは、波紋の広がりと同じです。始め波動が強く伸びていくので、近いほど花弁が強く押し合い花を造る、調和の構図が出来るのです。

資料館の菊花石の芯と花のかたち

丸芯
丸芯

前記の母岩の左上の硬い所に咲いている花です。芯が丸くなっています。弾ける力よりも弾けて押さえる力が強いので芯の弾けるのを押さえています。芯をルーペで見てみると、押さえられた跡が見えます。

宮脇明道氏寄贈の二重芯
宮脇明道氏寄贈の二重芯

芯の中に白い芯が入っています。核が均等に並び弾けると、二重の芯を造るのです。花弁が花から切れています。これは皮目の下の花は、皮目に沿って花弁を薄く長く伸ばしています。花の芯を出すため皮目を削り込むと薄い花弁がなくなるのです。

素芯
素芯

芯の無い菊を「素芯」と呼んでいます。芯が無いのではなく、弾ける力が強く、芯が花弁の中に同化してしまったのです。大きな花や軟らかい母岩の花に素芯の花を多く見ます。この花の芯がなくても、小さな芯が勢いよく弾けたと、なんとなくわかります。

初鹿谷の八重花
初鹿谷の八重花

初鹿谷の糸菊は、花弁が細いので、芯の少し手前の花弁が八重の花弁になります。八重花が少し歪な感じをしています。これは、二つの花が合わさっているので、花弁の出方が微妙なのです。

樋花の菊花石
樋花の菊花石

根尾では、この花を樋花と呼んでいます。山石(火山灰)の中や上に軟らかい皮目質が流れて入ったのです。その樋花の厚い所に沿って花を造っています。母岩が軟らかいので、花弁に定まりのない動きがあります。